
21世紀初頭の十数年で、まず目立つのは旭山動物園の大幅な入場者数増加となります。
行動展示を大胆に取り入れた展示内容が評判を呼び、北海道における指折りの観光スポットに数えられるようになっています。
1996年には年間入場者数が26万人まで落ち込んでいたのが、2007年度には307万人を記録していますので、躍進と表現してよいかと思われます。
2004年度には、旭山動物園が月間入場者数で上野動物園を上回る月もあり、年間入場者数でも肉薄したものの、追い越すまでには至りませんでした。(なお、上野動物園の入場者数をこの時期に唯一追い越したのは、水族館という位置づけになりますが、沖縄の美ら海水族館となりました。)
一方で、行動展示がよその動物園にも広まった影響もあってか、2007年度をピークに、旭山動物園の入場者数は減少傾向にあります。ただ、上野動物園の入場者数に肉薄したことや、その後の水準からも、立地を考えれば非常に人気の高いスポットとして確立したと云ってよいでしょう。
この時期には、2011年3月11日に発生した東北大震災の影響で、ひさしぶりのパンダ公開を控えていた上野動物園が一時休園となる事態も発生しました。
計画停電なども継続される中、4月になって上野動物園でパンダが公開されると、自粛ムードが広がる中でも大きな話題となっていました。
また、2012年には上野で赤ちゃんパンダが誕生するも、6日で亡くなってしまい、そちらも話題となっていました。
上野動物園の休園・パンダ登場についての参考記事:【上野動物園熊猫的新聞】
第3回 地震を乗り越えて 2011.4.2
第4回 一般公開に向けて 2011.4.8
第5回 待ちに待った一般公開 2011.4.15
上野動物園でパンダが不在となったのは、2008年4月末から、2011年3月までとなっています。不在になった直接の原因は、2008年4月30日に、一頭だけとなっていたリンリンが死亡したためです。
そして、上野動物園は東京都立の施設であるため、当時の石原慎太郎都知事の意向(中国敵視で知られ、会見にて「パンダは要らない」等との発言あり)が働き、空白期間が生じたものと思われます。
もっとも、パンダを再導入すると決まったのも、石原慎太郎さんが都知事だった時代となっておりまして、東北大震災のショックが尾を引く中、首都圏に明るい話題を提供することとなりました。
なお、上野動物園でのパンダ不在期間となる2008年度~2010年度の入場者減(2001年度から2007年度平均比、累計131万人)については、2011年度の単年で取り返していまして(139.6万人増)、しばらく不在にした分を、再登場時のパンダフィーバーであっさりと取り返し、その翌年までを考えれば大幅増にした形となります。その観点からは、不在期間があったのことでメリハリがついたとも考えられ、あながち悪いことばかりではなかったと云えそうです。
一方で、特に首都圏では上野動物園のパンダばかりが注目されていますが、和歌山のアドベンチャーワールドと兵庫の王子動物園でもパンダは飼育されていまして、特にアドベンチャーワールドでは、10頭前後のパンダが住まう状態が維持されています。
さらに、繁殖実績においても、アドベンチャーワールドで生まれた15頭のうち、14頭が無事に成長と、本場中国に次ぐ実績を誇っています。
一部のマスメディアなどは、アドベンチャーワールドについては意図的に無視したように、上野のパンダに限定して取り上げる形で、公正な態度とはとても云えない状態にありますが、そのあたりも含めて考えますと、是非はともかく、パンダについては、上野にいることになにか特別の意味を感じる向きが多いのかもしれません。
一方で、同じ時期に置いても、新設・リニューアルが目立つ水族館と比べると、上位陣の顔ぶれに変化はなく、かなり安定した状態と云うことができそうです。
動物園、水族館の入場者数ランキングについては、別コーナーでご紹介しています。
【動物園入場者数ランキング】 上野動物園、旭山動物園、アドベンチャーワールド、神戸市立王子動物園、名古屋市東山動植物園
参考文献:
「旭山動物園革命」小菅正夫著/角川書店
「戦う動物園 旭山動物園と到津の森公園の物語」小菅正夫・岩野俊郎著 島泰三編/中公新書